淡窓伝光霊流日本詩道会
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「淡窓伝光霊流」由来・「深田光霊宗家」吟歴 / 詩道十則 / 日本詩道会会詩 
深田光霊宗家」プロフィール / ディスコグラフィ / メディア
 
「淡窓伝光霊流」由来
大分県日田市が生んだ江戸後期の学聖・詩聖・吟聖「広瀬淡窓」を家元とする「淡窓流詩吟」を、若き日の深田光霊が清浦奎吾伯(元首相)の吟から学び、淡窓の末裔にあたる故広瀬正雄氏(元代議士、郵政相)の要請により二代目淡窓流家元を継承、その後、素朴な淡窓流の節調に現代的な音楽性を加味し再構築、集大成し、淡窓伝光霊流の吟調を確立した。これが、昭和54年(1979年)に「淡窓伝光霊流詩吟」として、日本吟詠界で初めて特許庁の特許を取得、伝統ある文化財として認知された。ピーク時には全国に25000人を超える会員を擁し、現在も関東、関西、特に九州一円を中心とする最大流派の一つとなっている。音楽的、情緒的な気品ある吟調が特色。
 
「深田光霊宗家」吟歴
本名は光(ひかる)、号の光(こうれい)は「言葉に宿る霊妙な力」を表す「言霊(ことだま)」にちなむ。門下生の吟号には、必ず「霊」または「光」の一字が含まれる。
   
明治43年2月17日 大分県大野郡上緒方村(現豊後大野市緒方町)に生まれる。母イチヨが民謡、吟詠を得意とする美声の持ち主で、幼時に母の背で聞いたのが詩吟との出合いであった。
大正11年4月 大分県立竹田中学校に入学。近隣には、広瀬淡窓の咸宜園塾に学んで詩吟をやっている人たちがいて、この頃から竹田地方に伝わる淡窓流詩吟に接することになる。
大正13年 中学3年のとき、学校の茶話会で詩吟を披露したのを機に、人前で発表するようになり、満14歳のこの年をもって詩道入魂の記念すべき年と定めた。
昭和2年4月 国学院大学(東京)に入学、漢詩作法を新田興教授、山田立講師の二師に学んだ。
昭和3年 学生詩吟連盟を主宰し、発表大会を開いた。
昭和5年 NHK東京中央放送局から、淡窓流詩吟放送。
昭和9年 新潟放送局からの開局記念放送を契機に、淡窓伝光霊流の吟風確立。
昭和12年 中津市を発祥の地として中津吟詠会を発会、宗師範となり、淡窓伝光霊流宗家となる。
昭和12年 ラジオ放送適格審査に、連続3回合格。
昭和13年9月22日 福岡県小倉放送局から、詩吟放送、新聞にて激賞される。
昭和14年4月 放送適格者としてNHK全国放送適格証を受け、随時放送。
昭和15年2月 ポリドールレコードに「静御前」(頼山陽作)を初吹き込み。
昭和32年9月 OBS大分放送の特別企画番組「二豊詩の旅歌の旅」が放送開始。1年間にわたる、64回の吟詠放送となる。
昭和60年8月 昭和5年のNHK(東京)初放送以来、各放送局から放送し、この年をもって300回を超える。
平成元年 昭和50年以来、NHK(東京)の新年特別テレビ番組で毎年正月2日に吟詠を全国放送。平成元年まで続いた。
平成7年 昭和15年の初レコード吹き込み以来、レコード、カセットテープ、CDはこの年をもって30本に及ぶ。
   
国際文化交流
昭和55年 5.15-5.21 財団吟剣詩舞訪問団副団長として、アメリカのロサンゼルス・サンフランシスコ両市を親善訪問して海外公演により交流を深めた。
昭和58年 10.22 国際朗吟文化協会最高顧問として、多年にわたり吟詠普及に努めた功労により全朗協最高功労賞受賞。
昭和59年 10.11-10.15 訪問団副団長として、第2回アメリカ公演を行ない、サンフランシスコとハワイでの海外公演により友好親善を果たした。
昭和60年 9.15-9.22 日中友好親善・文化交流のため、108名の訪問使節団団長として、中国政府より準国賓の扱いにより、中国訪問、上海・武漢・北京の文化人と親善交流。
昭和61年 9.10-9.18 第2回中国訪問を深田宗家が108名の訪問使節団団長として決行。準国賓待遇を受けて上海・武漢・北京の文化人と友好交流。
武漢市内を散策。
昭和62年 10.10-10.18 第3回中国政府の招請により、深田宗家を団長として九州各県各流の幹部102名をもって、準国賓待遇で、北京・西安・武漢・上海の文化人と親善交流、特に北京では、中日友好協会の孫平化(そんへいか)会長を表敬訪問。NHK北京放送局の園田矢支局長の配慮により、親善友好交流の場を衛星テレビ放送によって、日本本土にも流してもらった。なお、武漢市では、中国政府代表曽卓(そうたく)副主席をはじめ、武漢大学・師範学苑の30名以上の教授たちとの、武漢晴川飯店における文化芸術討論会は特筆すべく、友好親善を深めた。
中日友好協会会長・孫平化氏を表敬訪問。
平成元年 5.21-5.27 第4回中国訪問を、財団法人日本吟剣詩舞振興会の名により思い立ち、折から、戒厳令(天安門事件)が出されて危険な中を、中国政府の招請に応えて決行。国賓待遇をもって上海・北京・西安と親善訪問。特に北京では釣魚台国賓ホテルにて宿泊、大歓迎の宴、また北京市民族文化ホールでの公演も成功をおさめた。なお、万里の長城入り口に松の木の記念植樹、西安での財団会詩の詩碑建立も果たした。
第4回中国訪問。
熱烈歓迎の横断幕の前で。
平成3年 6.26-7.6 財団法人日本吟剣詩舞振興会の企画により、会長を団長とするブラジル公演を行ない、サンパウロ市民劇場において、親善公演、成功をおさめた。
信 条
今日、日本の吟詠人口は320余万人と言われている。日本で唯一「淡窓伝」として特許庁の認可(No.1394073号)を得ている、淡窓流宜園調(たんそうりゅうぎえんちょう)の詩吟が、その高雅荘重な吟調の故に全国に普及されていることは 喜ばしいが、目指すところは何よりも学聖・詩聖・吟聖の広瀬淡窓が「敬天温柔敦厚」の詩心を詩によって育成した遺風を万世に伝えることである。